大好き!

東京厚生年金会館の20列辺りより後方は、2階席のせいで天井があるんだけれど、ジャンプすると頭がぶつかりそうなほど低い。22列の通路席で見ました。
考えてみれば、メロン記念日ほど順調なグループはない。なんという安定感だろう。全然揺れないじゃないか。揺れるのは斎藤さんのメロンだけだ。
久しぶりに「電話待っています」を聞いて感慨深い。2001年初めてハロ紺に参戦したときに聞いた曲。中盤あたりは、よく知らない曲も多かったのだけれど(残念なことに「メロンジュース」を聞いてない)、そのぶん曲をうまくBGMにしながら物思いに耽る。これはだいぶメロンさんに失礼だけれども、うまい具合に気持ちよく頭の中を思考が巡るのだ。
彼女達ははじめアイドルというよりはロック歌手の出で立ちだったが、確かにステージ上の彼女達を、僕は「アイドル」として見ていないような気もした(中盤以降はアイドル的な衣装もあり)。そして、ステージ上のメロン記念日のメンバーを、「女性」としても見ていない。ふと思いついたのは、「男でない≠女」ということである。
僕はステージ上の演者をなんらか自分にとって「他者」にできればよいようだ。男性ではない何かであればよい。積極的に女性である必要はない。そうやって一旦「他者」として措定しておいて、そのあとそれに同一化していきたかったりもするんだろう。不可能なものになりたいという欲望。
お願い魅惑のターゲット」からの怒涛の終盤は何かを考えている暇はない。ただ僕も音楽の一部になって空間に溶け出していくしかなかった。それがライブで一番幸せなことだ。自分がいなくなっていくように感じることが、一番生きているという実感を得られることだというのは矛盾なんだろうか。多分そうじゃなくて、そこに重要なことがあるのだ。「ガールズパワー」で、「大好き!」って叫ぶのが大好きなのだ。どいつもこいつも年食ってるくせに、年甲斐もなく「大好き!」なんて言ってしまうのだ。