奇術とアイドル

プリマベーラ」というグループがある。公式サイトの紹介文は以下の通り。


プリマベーラ”は、世界展開を視野に入れた、女性だけのイリュージョングループです。
結成は2005年9月。そして、2008年2月、日本青年館大ホールでの単独公演『夢は叶えるもの!』を行い、5000名もの観客を動員しました。
次から次へと繰り広げられる幻想的で不思議な世界。スリリングでファンタジックなイリュージョン、さらに歌、ダンス、お芝居の要素も取り入れて魅せていくステージは、国境、世代、性別を超えて、共有できる感動のエンターテイメントです。(http://www.primavera9.net/about.html


プリマベーラは現在の多くのアイドルと同様に、ショッピングモール等でのイベントを打ったり、曲を出したり、また衣装もミニスカートだったりする。受容のされ方がアイドル的と言ってよいだろうと思う。
アイドル乱立の現在、様々なコンセプトのアイドルが存在するが、奇術とアイドルの組み合わせは直感的にとても適切であるように思われた。だからいつか生で見たいと思っていたグループだったのだが、今回プリマベーラが、「日本奇術協会平成23年ホープ賞に選出され、「第11回ベストマジシャンズフェスティバル」に出演することになり、都合がついたため見に行くことになった。場所は「日本橋劇場」、半蔵門線「水天宮前」駅から徒歩2分。
ベストマジシャンズフェスティバルは2日に渡って行われ、私が行ったのは2日目、2月10日金曜日の昼13:30からの回だった。平日昼から行われるマジックのイベントに入る客層は推して知るべし、である。それとも、客層がそれだから平日昼に開催できるのか。いずれにせよ、客層は基本ジジババ、それから小さな子を連れた上品そうな夫婦、そしていかにも奇術師の卵といった出で立ちの若者であった。ちなみに1階席は270席ほどあるようだが、空きはかなり多く、当日券でも7列目が入手できた。
そもそもアイドルファンである自分にとって「日本橋劇場」という会場は全く馴染みがない。普段は落語や長唄、三味線など伝統芸能に分類されるようなものの公演を多く行っているようだ。


さて、ここで奇術とアイドルについて思うことを述べておこう。しばしばアイドルは宗教との類似が指摘される。そして、「アイドルファンはそんなものを信じていて愚かだ」とか、「騙されている」とかいう言葉が使われることがある。一方ファンは、「ばかばかしいと分かっていてアイドルに没入しているのだ」と言ったりもする。ふむ。では奇術を見る人は何なのだ?奇術にはタネやシカケがあると、みんな知っていて見に行く。知っていながら、騙されにいくようなものである。そしてそれを楽しむ。もちろん純粋無垢な子供であれば、なんだか不思議な魔法を使ったと思うかもしれない。けれども普通は、タネやシカケがあると知りながらも、奇術師にまんまと騙されることを観客は楽しむだろう。ここでの観客の立ち位置に興味がある。奇術師や司会の方が言っていたように、奇術を見る標準的なあり方は、「素直に」楽しむことであって、「どんなタネがあるのだろうと頭を使って見ると肩が凝って疲れてしまう」。つまり普通観客は、100%騙されてもいないし(何かタネがあることは知っている)、100%疑いの目で見ているわけでもない。客席にいる奇術師の卵は、ステージ上の奇術師の技術を盗もうと目を凝らして見るだろうが、普通の観客は、ただ目の前の不思議に感嘆するのみである。もちろんそれは魔法などではないことを知りながら。
さて、アイドルに話を戻すと、アイドルの見方も、結局これと同じようなものであると言いたくなる。たとえばアイドルが「ファンの方が好き」と言ったり、曲の中でそのような意味のことを言明したときに、多くのファンは、それを信じることと、それを一定の距離を置いて捉えることを同時に、または時間をおいて行うだろう(ライブ中は熱狂したけど、後で考えてみるとあの時なにマジになってたんだろう、というように)。もちろん100%信じるファンもいるだろうし、100%冷めた目で見るファンもいるだろう。ただ多くの場合はそのバランスの中でファンは存在しているのではないかと思う。だからアイドルファンは、ある種の演劇的空間に参与していると言える。この場では、このように見てくださいね、という暗黙のルールのようなものを前提として、アイドルとファンは関係を作り、その中で感動や楽しさといった感情の揺れ動きが起こる。これは現象としては俳優の演技に感動することとなんら変わらないように思われるのだが、どうしてもアイドルに関わるものは低く見られがちである(そこは致し方ない部分もあるのだが)。
奇術もアイドルも、観客が参与する演劇と言うことが出来る(演劇というものは全て観客の参与あってのものだろうけど)。だから、奇術師がアイドル的な存在になるのは似合わしいことである。その意味で、プリマベーラは興味深い存在だ。
…前置きが長くなった。実際のイベントの様子を振り返りたい。


ベストマジシャンズフェスティバルは、主に投票による上位者である6組のマジシャンがそれぞれ20分ほどの持ち時間の中で奇術を披露していくイベントであった。初めに日本奇術協会の会長による挨拶とグランプリの表彰があり、その後それぞれのマジシャンの演目が始まった。
1組目のプリマベーラから、グランプリに輝いた最後の藤山晃太郎まで、2時間超えのステージ。それぞれの演目を細かく振り返ると長くなるので、印象に残った点について記していこうと思う。
まず、総合司会の方が、ちょいちょい笑わせるようなことを言ってきた点。これは開演前から、「携帯電話の電源はお切り下さい」というようなお決まりの注意の中に、「腹時計など鳴りませぬよう…」みたいなくすぐりを入れて、嫌な予感がした。いや、これはこの客層にはとてもふさわしい感じではあって、比較的そのくすぐりは観客に対して有効に機能していた、つまりそれなりに受けていたのだが、自分にとっては綾小路きみまろ的なしゃべりをずっと聞くのはつらいものだった。2年前に東京キネマ倶楽部で見た地下アイドルのイベントで司会をしていた男性を思い出す。(詳細はこちら→http://d.hatena.ne.jp/onoya/20101013
プリマベーラは脱出や入れ替わりのイリュージョンや、カードに関するマジックなどを行った。MCはアイドルっぽさを感じたし、色分けされた衣装、ミニスカートは他のマジシャンと好対照だった。終演後もおっさんたちに大人気で、一緒に写真に写ったり握手するなどしていた。正直20分程度の出番だけでは、彼女たちのポテンシャルを図りようもないのだが、普通イメージするところのマジシャンというものとの差別化がはっきりできているので、面白い存在ではあると思う。また機会があれば見てみたい。